読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

hinodemukaidori

『あそこには日蔭もあり、風もほどよく吹いています。それに、草が生えていて坐ることもできるし、あるいはなんでしたら、寝ころぶこともできます。』   (藤澤令夫訳プラトン著『パイドロス』)

眠れない日の立原道造―あるいは、(世界中はさらさらと粉の雪)

文学

「初秋」

夜、窓をひらくと、あたらしい油絵具のにおいがぷんとした。近所に絵描きのアトリエなどある筈はないので不思議に思うと、明るい月が隣の家の屋根に絵を描いているのだ。仕事を邪魔しては悪かろうと、窓をとじていたら、やがて一なすばかり、こっちの窓ガラスにも、透明な水銀色を塗って行ってくれた。それが、夜が更けてくると、どうもレモンのようなにおいがする。僕は頬に掌をあて、しずかな顔で嗅いでいる。

 (『立原道造全集』2巻 岩波書店、1971年)

 

 立原道造の詩は大学1年生の時に知った。去年のことで、ちょうど彼が生まれて100年の年であった。僕が詩学をやろう、芸術学・美学の世界にいってみようとおもったひとの作品です。実はブログではほとんど語ってきませんでしたけど…。眠れない日は全集をひらいて、クリーム色の紙と、並んだ文字をなでよう。

 「ゆふすげびと」

かなしみでなかつた日のながれる雲の下に

僕はあなたの口にする言葉をおぼえた

それはひとつの花の名であつた

それは黄いろの淡いあはい花だつた

 

僕はなんにも知つてはいなかつた

なにかを知りたく うつとりしていた

そしてときどき思ふのだが 一体なにを

だれを待つているのだらうかと

 

昨日の風は鳴つていた 林を透いた青空に

かうばしい さびしい光のまんなかに

あの叢(くさむら)に咲いていた さうしてけふもその花が

 

思ひなしだが 悔いのやうに――

しかし僕は老いすぎた 若い身空で

あなたを悔いなく去らせたほどに!

 (杉浦明平編『立原道造詩集』1988年 岩波文庫)※以下同様

 優秀な建築家でもあった立原は、詩集を作るときもひとつの設計図をつくるかのようであったという(「詩と建築は同じである」ということを語っていたと、ある回想にある)。はじめに、全体の間取りを決めてから、細部に手をかける。いくらいいアイデアがでてきたからといって、設計士が部屋の数を後から増やすことはないように、詩集に掲載する詩の数を先に決めてから、そこへいれるための詩を考えるのだという。だから、このように彼の詩を、詩本位にしてずたずたに切り刻む行為は冒涜でしかないかもしれない。もっといえば、詩を、設計用の机の上で、設計用の紙に、カラス口でかいていたという立原の詩を、横書きにしてしまうことも、かたちを重視した立原の、詩の内容のみを評価している点で冒涜かもしれない。そうまでしてでも、立原の詩を紹介したくなる。ゆがんだ愛かよ。

何処へ?

 Herrn Haga Mayumi gewidmet

深夜 もう眠れない

寝床のなかに 私は聞く

大きな鳥が 飛び立つのを

――どこへ? ……

 

吼えるやうな 羽搏きは

私の心のへりを 縫ひながら

真暗に凍つた 大気に

ジグザグな罅(ひび)をいらす

 

優しい夕ぐれとする対話を

鳥は 夙(とう)に拒んでしまつた――

夜は眼が見えないといふのに

 

星すらが すでに光らない深い淵を

鳥は旅立つ――(耳をそばだてた私の魂は

答のない問ひだ)――どこへ?

川村二郎は、「貧しさの聖化」のなかで、立原の最大の特徴として「貧しさ」を挙げている。

それは、ヴォキャブラリーの乏しさという形で、読者の目に訴えてくる。「風」「光」「夕」「眠り」.こういった言葉がいわば彼のライトモチーフだが、それらは、[…]ささやかなヴァリエーションを形づくることすらなしに、ただそのままの、文字通り生まれたままの裸の姿で、それゆえに、何か孤独なよるべないたたずまいで、到る所に散らばっている。

さらに、杉浦明平の回想をとりあげて、ある日立原が杉浦に対して、「ぼくらの月は、いつもあんな書割そっくりの月なんだ。明平は自然自然というけれど、ぼくらには自然なんかないのだ。芝居の月の方がこの自然の月よりずっと自然に見えたって不思議じゃなかろう」といったことを取り上げ、この立原の言葉の貧しさを、彼における自然の欠如と結びつけている。そして何より興味深いのは、逆説的に、立原はそんな「直接に感覚にふれてくる自然の豊かさもないという、自己の世界の条件に、立原は驚くべき素直さで、自然さ(原文傍点)で、従って」いることである。

 夢のあと

嘗てを

けふと

区別する

光のなかで

 

おまへの心は

うたふ 花だつた

おまへの心は

咲く 小鳥だつた

 

むしろ しめつた 春の風の

かへつて来るときには

忘れるがいい

 

ほほえみが 淡く 描いた

さざなみを いつかは 時が

消して行つた 嘗てのやうに! 

 

 径の曲がりで

ほてつた 私の耳に

もう秋! おだやかな 陽気が 陽ざしが

林のなかに ささやいている

蜂蜜のやうに 澄んで……

 

私らは 歩いて行く……風が

鳴っている 木の葉が

光つている――見おぼえのあるやうに

とほくの方で あちらの方で

 

花の名前 鳥の名は 私らの

心のなかで またくりかへしては告げられる

もう見られないものまでも

 

昨日 ふたたびあたらしく はじまつた

しかし それが こんなにたよりないのだらうか

……

 

私のかへつて来るのは いつもここだ

古ぼけた鉄製のベツドが隅にある

固い木の椅子が三つほど散らばつている

天井の低い 狭くるしい ここだ

 

ランプよ おまへのために

私の夜は 明るい夜になる そして

湯沸しをうたはせている ちひさい炭火よ

おまへのために 私の部屋は すべてが休息する

 

――私は けふも 見知らない友を呼びながら

歩き疲れて かへつて来た 街のなかを 私は けふも 疑っていた

そして激しく渇いていた……

 

窓のない 壁ばかりの部屋だが 優しいが

すつかり容子をかへてくれた……私が歩くと

ここでは 私の歩みのままに 光と影とすら 揺れてまざりあふのだ 

 最後は、やっぱりこれでしょう。詩中のやさしい顔した娘たちとは、いったい誰なのでしょう。これを歌っているのは、誰なのでしょう。心のなかにいる、自然ではない、人工の(=架空の)娘にたいして詩人が歌いかける、ナルシスト的な性格を、ここに見出す論文もあります。しかしナルシスト―ナルキッソスであるもの―とは、揺らめく水鏡に、自己の反射=反省(リフレクション)をもとめてながめるものでもあります。ぼんやりとした、半透明であるものに、ひたすら問いかけをする姿勢は、まさに芸術の根源と繋がり、詩人に対してナルシストであると非難することの無意味さを思い知るでしょう。自己が自己にうたいかける詩を、詩人が詩にする。この入れ子構造を、今度は僕たちが演奏する。いや、再演奏する。そうした連鎖も、まさにゆめうつつにかたりかけてくる風のささやきのようですね。

 眠りの誘ひ

おやすみ やさしい顔した娘たち

おやすみ やはらかな黒い髪を編んで

おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには

快活な何かが宿つている(世界中はさらさらと粉の雪)

 

私はいつまでもうたつてあげよう

私はくらい窓の外に さうして窓のうちに

それから 眠りのうちに おまへらの夢のおくに

それから くりかへしくりかへして うたつてあげよう

 

ともし火のやうに

風のやうに 星のやうに

私の声はひとふしにあちらこちらと……

 

するとおまへらは 林檎の白い花が咲き

ちひさい緑の実を結び それが快い速さで赤く熟れるのを

短い間に 眠りながら 見たりするのであらう

 

f:id:hinodemukaidori:20151020033246j:plain